文人画を楽しむ④〜鑑賞のための基礎知識
これまでは中国と日本における文人画の歴史を追ってきました。
ここからは文人画作品を鑑賞する時に”何を見る(感じる)のか”についてお伝えしたいと思います。
(この内容は「佐々木丞平/佐々木正子著 文人画の鑑賞基礎知識」を参考引用(ほぼコピペの部分もあります)しています。)
気韻生動
画の六法という絵を描く際の基本をまとめたものの中で第一に挙げられるのがこの気韻生動です。
(他の五つは描法や構図など具体的な手引き)
「気」は万物の生成の根元力、活動力、または大気や呼吸。
「韻」はひびき、おもむき。
「生動」は生き生きとして真に迫ること。
いくら構図が良くても、筆さばきや技術が高くとも、彩色が良くても、
それぞれがバラバラでは優れた作品とはいえません。
全てのものが響き合い、お互いに作用しあうことで、まるでオーケストラのような一つの大きな統合体のひびきと輝きが生まれます。
画中に描かれる山、川、人物、小鳥、空(気)、
建造物に至るまで自然と一体となりそこに生じている。
そのような作品を表現者は追求しました。
中国憧憬
当時の日本人にとって中国人は憧れの存在であり、とりわけ文人画を描いた絵師達は中国文人に少しでもその精神に近づこうと多くの中国故事やそれに基づく風景、名勝地を描きました。
彼らのほとんどは中国を訪れたことはありません。
その多くは中国との貿易で輸入された書物や絵画によって学んだものです。
単に中国人画家の筆法を模して描いた作品もあるが、多くの文人画作品は単なる風景や風俗ではなく、その基になる歴史ドラマが背景にあります。
詩書画一致
詩書画一体の芸術表現は文人教養の理想形と考えられました。
詩は美しい季節の情景から、人々の心の中の抽象的問題、
されには宇宙万物に至るまで語ることのできるもので、
書はその詩の内容にふさわしい書体を選ぶことによって、より一層詩の内容を強化すします。
力強い内容の詩には力強い書体、美しい内容には繊細さが盛り込まれることで、文字を通し、詩の内容がより一層浮かび上がります。
さらに絵は言語では伝えることのできない部分を補い、明確化することのできるものです。
詩書画一体の表現は、総合芸術として一段上の格調の高さを提示します。
しかし、その三者のどれに対しても精通することなしには絶妙のバランスを築くことは不可能です。
中国文人の理想的な教養のあり方、その表現法として考えられている詩書画一体の世界は、類まれな知性、感性、技量の持ち主でないことには生み出すことのできないものと言えます。
詩の絵画化
文人画の画題の中には、『詩』を絵画化した作品も多く含まれます。
それらはその内容を作者がどのように理解をしているかを、目に見える形に明確に表したものです。
よって、同じ『詩』が画題の作品も、作者によってその表現が違うところが面白い点です。
一つの詩からどんなイメージを得て、何を表現したかったのか、どれだけ表現できているか=作者の力量とも言えます。
抽象概念を写す
文人画家が描く対象は山水(風景)、人物、花、鳥、虫、野菜など多岐にわたります。
そえぞれの絵に表現されるのは単に目で見て取れる、雄大な山、美しい鳥、可憐な花々などといったモノだけではありません。
与謝蕪村筆 鳶鴉図(双幅)を例に挙げてみます。

与謝蕪村筆 鳶鴉図
風雨の中木の枝に留まっている鳶と、雪の降る中 寄り添うような二羽の鴉。
見た目でいえばそれだけの絵になります。
少し立ち止まって、そこに何が表現されているのかをよーく見てみます。感じてみます。
激しい風雨の来る方向を鋭い目で睨みつける鳶の姿には、風雨の強さに挑むかのような気迫が感じられます。
しんしんと降り積もる雪の寒さにただじっと耐える鴉の姿には、辛抱強さが読み取れます。
さらにこうした鳶と鴉を包む大自然の厳しさにしても、対比されることにより、視覚的激しさを伴う厳しさもあれば、静かな中にある厳しさもあり、このような自然界の営みにも様々な要素があることを再認識させられます。
蕪村が単に違った状況の鳥の姿を写すだけでなく
その後ろに表現したかったものは何でしょう。
二つの対比された画面によって際立たせたもの。
それは目に見えるモチーフではなく、「厳しさ」という概念と「耐える」という力です。
この作品は、晩年必ずしも華やかで恵まれていたとはいえない蕪村の自画像的作品と解釈する人もいます。
例に挙げたような、見た目の奥にある抽象概念を表現した作品を理解するためには、
じっくり作品と対峙し隅々まで何が描かれているのかを楽しむのです。
季節への視線
日本の絵画においては季節を表すことは重要な要素であり、それぞれの絵に明らかにどの季節であると理解できる植物や動物、風景の特徴的変化を盛り込むことが多いです。
和歌や俳句に季語を盛り込んで作るそれと似ています。
桜に柳、蝶、若菜摘みの女性、と、モチーフにはその季節を代表するものが選ばれ、散りばめられます。
季節感に溢れるものの、それはその季節の真っ盛りの情景であって、時は固定され止まっているかのような印象を受けます。
しかし、大自然は実際には時々刻々と変化し、常に進行形です。
作品によっては明確に四つに分かれた四季それぞれの表現だけでなく、
その移り変わりの、微妙な変化をとらえた表現が見られる作品もあります。
そして季節と季節の変化は人間の感情にも影響を与えます。
夏に終わりを感じ秋に向かう、秋から寒い冬へ、そして冬の中に春が近づいていると感じる時、それぞれの土地とそこに住む人々によって違った感情が生まれます。
作品の季節をとらえることで、そこに何がどう描かれているのか、さらに理解を深めることができます。